【コンテンツ地域振興】究極のコンテンツツーリズムは【ハイジ】

資産に変える
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このトップ写真を見て、この場所がすぐにわかった方?! あなた様は相当な「アニメ通」です!! 前回のブログ記事で『コンテンツツーリズム』について書きましたが、今回はその続編を書きます。

こんにちは、実は「アニメ大好き」不動産屋の2代目社長とっくんです。

トップ写真は、とっくんの『Face book』のカバー写真です。

 

「ハイジ」誕生秘話 制作者がロケ地スイスで語る

まずは、以下のサイトをご覧ください。

とっくんは、読みながら、少し涙ぐみましたよ!!

「ハイジ」誕生秘話 制作者がロケ地スイスで語る
1974年に日本で放送されたアニメ「アルプスの少女ハイジ」。故高畑勲さんが演出を手掛け、当時としては異例の海外ロケを敢行した作品は世界中で人気を呼んだ。ロケハンのメンバーで、ハイジのキャラクターを描いた作画監督の小田部羊一さん(82)、担当プロデューサーの中島順三さん(81)が先月31日、物語...

 

 

【コンテンツツーリズムの理想の形】アルプスの少女ハイジ!!

とっくんが、スイスのマイエンフェルトに訪れたのは・・・

・1986年 大学時代の一人旅行
・1997年 サッカーのトレセン選抜のオランダ合宿終了後
・2001年 新婚旅行

一番最初にマイエンフェルトに行った時には「日本人」はほとんどいませんでした。

例の「アルムおんじの山小屋」は既にありました。ハイジの泉も当時からありました。

 

【ハイジメモ】
1974年に日本で放送されたアニメ「アルプスの少女ハイジ」。故高畑勲さんが演出を手掛け、当時としては異例の海外ロケを敢行した作品は世界中で人気を呼んだ。ロケハンのメンバーで、ハイジのキャラクターを描いた作画監督の小田部羊一さん(82)、担当プロデューサーの中島順三さん(81)が先月31日、物語の舞台マイエンフェルトを再訪し、当時の思い出を語った。

【「ハイジ」誕生秘話 制作者がロケ地スイスで語る】から転載

ここにも書いてあるように、当時としては異例の【海外ロケハン】をしたとありますね。

今回のとっくんのブログ記事「コンテンツシリーズ」ではロケハンについても書きますが、アニメ「アルプスの少女ハイジ」のロケハンの凄さは、その後のアニメ界、映画界にも大きな影響を与えました!!



 

【アニメそっくり!!】マイエンフェルトの風景!!

とっくんも3回訪れた「アルムおんじいの山小屋」ですが、アニメの世界そのもので、感動を通り越して“放心状態”だったのを覚えています!!

原作者ヨハンナ・シュピリが実際に物語のモデルにしたとされるハイジの小屋は、現在はレストランになっている。ロケハン当時は民家だったといい「中に入らせてもらってね。そしたら2階に長細い箱があって、中に麦わらが敷いてあったの。そこにシーツを敷いて寝ていると聞いて、気持ちよさそうだと思ってね。そんなものも参考にして。見るものすべてが珍しくてね。何でもスケッチして、そこからイメージを膨らませました」と小田部さんは話す。

ハイジのTVアニメ化は、制作会社ズイヨーを立ち上げた高橋茂人社長の悲願だった。原作の存在を知っていた高橋さんが「世界に売り込めるアニメを作りたい」と高畑さんに声をかけ、企画がスタート。演出・高畑さん、画面構成・宮崎駿さん、作画監督・小田部さん、担当プロデューサー・中島さんの4人が、1973年7月、実際にスイスとドイツを訪れ、約10日間のロケハンを行った。

【「ハイジ」誕生秘話 制作者がロケ地スイスで語る】から転載

 

1つの物語を各30分、52話に分け、毎週1回、1年間放送する。テレビ映えするオーバーなアクションは、この物語には存在しない。視聴者を飽きさせないためにはどうするか。高畑さんが行き着いた答えが「日常生活を丁寧に、緻密に描くこと」だった。

しかし、マイエンフェルト滞在はわずか3日弱。それまで海外へろくに出たことのない人間が、限られた時間で52話分のイメージをつかまなければいけない。小田部さんは、持参した2冊のスケッチブックに窓際の小物や靴、ありとあらゆるものを描き込んだ。

【「ハイジ」誕生秘話 制作者がロケ地スイスで語る】から転載

 

伝説のロケハンと言われる所以ですね!!

中島さんは「ロケハンは夏の間の10日くらいだったけれど、物語は春夏秋冬ある。冬はどのくらい雪が降るのか、秋にもみじがどう色づくのかは実際に見ることができない。(作り手の)3人がスイスの空気を吸って、感じて、見て、それを作品にどう反映させるか、ということに尽きたと思います」と振り返る。

【「ハイジ」誕生秘話 制作者がロケ地スイスで語る】から転載

 

「アルプスの少女ハイジ」はその後、ドイツをはじめ世界中で放送された。ドイツ国営テレビZDFは1977年、イタリアでは翌78年に放送。同番組はその後も何度か再放送されている。

 

Heidi: Episodio 2- En casa del abuelo

↑ 「アルプスの少女ハイジ」のスペイン語バージョンです。ハイジ最終回分です。

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まとめ:すべての人をハッピーにした「アルプスの少女ハイジ」?!

今回のブログ記事はのテーマは「コンテンツツーリズム」でしたが、執筆をしている際に『アニメを通して思いを表現したい…」というクリエイターの生き様を感じる思いです。

ちなみ、とっくんは「スペイン語学習」のツールとしては、ハイジのスペイン語バージョンを活用しています。

ハイジの日本語台詞については、ほぼほぼ頭に入っているので、スペイン語のリアリングが完全でなくても「ナニを言っているか?!」が分かるのです。

最後まで読んでいただき誠にありがとうございます!!

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