【井筒親方死去】元関脇逆鉾、すい臓がんで58歳の若さ【悲報】

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また一人昭和の名力士が帰らぬ人となりました。元関脇逆鉾の井筒親方が9月16日、都内の病院ですい臓がんのため亡くなりました。58歳でした。すい臓がんと言えば、大横綱千代の富士(九重親方)も同病でした。謹んで井筒親方のお悔やみを申し上げます。(トップ写真は現役時代の逆鉾、横綱に勝ってのインタビュー時)

皆さま、こんにちは。元力士の訃報を聞くのはつらい、不動産屋の2代目社長とっくんです。

元関脇逆鉾の井筒親方(本名福薗好昭=ふくぞの・よしあき)ですが、現役時代は弟の元関脇寺尾(現在の錣山親方)、兄の元十両鶴嶺山とともに「井筒3兄弟」と呼ばれ、もろ差しの名人として知られていました。

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父親譲りのもろ差し得意!!元関脇逆鉾

井筒親方のプロフィールから書きます。

【井筒好昭(いづつ・よしあき)】
本名・福薗好昭。1961年(昭36)6月18日、鹿児島県姶良郡加治木町(現姶良市)出身。
78年初場所初土俵、81年名古屋新十両。82年九州新入幕。元関脇鶴ケ嶺の井筒親方譲りの
もろ差しで金星7個、殊勲賞5回、技能賞4回と三賞計9回受賞。最高位は関脇。幕内連続
出場779回。通算551勝567敗29休。引退後、年寄「春日山」から94年に「井筒」を襲名、
井筒部屋を継承した。

 

井筒親方の父は【もろ差し名人】元関脇・鶴ヶ嶺

とっくんは、井筒親方の元関脇鶴ヶ嶺の世代ではないので、生記憶はありませんが、動画などではよく見ていました。特に横綱栃錦を破った一番は有名です。

Tsurugamine vs. Tochinishiki : Natsu 1958 (鶴ヶ嶺 対 栃錦)

先代の井筒親方(元関脇鶴ヶ嶺)は、親方として多くの力士を育てました。

【先代の井筒親方の弟子・幕内力士】
元大関霧島、元関脇逆鉾、元関脇寺尾、元小結陣岳

 

【父親譲りのもろ差し】横綱を破ってガッツポーズ?!

元逆鉾の相撲の中で一番思い出深いのが、昭和59年初場所7日目の対横綱隆の里との一番です。得意のもろ差しからの外掛けで横綱を破った瞬間に、なんと「ガッツポーズ」をしてしまい、それを実況のアナウンサーが強調して放送したものだから・・・、

昭和59年初場所7日目 逆鉾 対 隆の里

逆鉾は親方である父(元鶴ヶ嶺)に大目玉をくらったそうです。
若いときの逆鉾は、やんちゃ感が十二分で、弟の寺尾が小錦との相撲で土俵下に落ちたとき、控えにいた逆鉾が場を立って弟寺尾の所に駆け寄ろうとしました。

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得意のもろ差しから横綱千代の富士からも金星?!

とっくんが好きだったのは「逆鉾vs千代の富士」の相撲。だいたいは横綱千代の富士が勝っていましたが、もろ差し狙いの逆鉾相手に千代の富士が脇を固めて肩から当たる独特の戦法の攻防が楽しかったです。

Sakahoko vs. Chiyonofuji : Hatsu 1987 (逆鉾 対 千代の富士)

対戦成績は、千代の富士の27勝3敗。圧倒的に千代の富士が強かったので、その分、逆鉾が勝った相撲は今でも覚えています。

 

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まとめ:元逆鉾の井筒部屋の「横綱鶴竜」の去就は?!

大相撲のルールでは、師匠がいない部屋は認められていません。したがって、井筒部屋の所属している横綱鶴竜はどこかの部屋に移籍することになりますが、恐らく元逆鉾の弟の寺尾が親方を務める錣山部屋が可能性が大きいでしょうね。

井筒親方の早すぎる死。心よりお悔やみを申し上げます。

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